ホンダヨンダメモ(はてなダイアリー版)

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黒の増殖、白の拡散。

 最近、身の回りのモノに黒が増えてきた。机の上には黒枠のディスプレイと真っ黒のキーボード、黒いブラウンの置き時計。それに先月買ったラクソのデスクライトも黒。腕時計も黒の文字盤に白い数字のもの。たとえばその中にポンとローディアのメモ帳のオレンジがあったりするのが、気持ちいい。黒のアームライトの傘の中に見える、電球のほんのり黄色がかった光が、とてもとても落ち着く。そう、大臣が日本から電球をなくすと言い、メーカーが電球の生産中止を宣言したりした、電球の光にやすらぐささやかな幸せは、もう少ししたら味わえなくなるのか、しかし発表している大企業の担当者のにこやかな顔は、儲からぬであろう電球のかわりにお高い電球型蛍光灯をたくさん売ることができてうれしいんだろうな、地球温暖化というロジックはどこかのだれかを儲けさせている。

GENTE 2 (Fx COMICS)

GENTE 2 (Fx COMICS)

 オノ・ナツメ『GENTE』2巻(2008年5月、太田出版)を読む。手にとって気がついたのは、小口が半分ほど黒いこと。ぱらぱらとめくってみると、コマの外側の部分、いわゆる「真白」のところが真っ黒なのだ。他のシリーズではどうだったか、この『リストランテ・パラディーゾ』から『GENTE』のシリーズでは、物語のなかの回想部分がこの黒い真白(と言うのも変だが)で表されている。今回は過去の回想がそれだけ多いということだ。
 オノ・ナツメは、黒の作家だと思う。特に、輪郭だけで形を取って、あとはべたっと黒く塗られた服。浮かび上がるのは、表情と、姿勢、しぐさ。特にこの2巻の9話、ふたりの女性がバールで出会う冒頭の場面では、顔の表情と人物のシルエットが、順に交代しつつ場面を前進させていく。このようなシークエンスが、この作家はとてもうまい。
 オノ・ナツメの描くイタリア人は、ちゃんとイタリア人、というか西洋人に見える。いちばん大きなポイントは口の描き方だと思うが、足を組んだりほおづえをついたり、コーヒーをすすったりといったポーズや、うれしいときにつんと高い(長い)鼻をあげたりするしぐさなど、ひとつひとつのショットが、西洋人している。それと、無表情。黒は、それらを際だたせるベースだ。
 でも、よく考えたら、老眼鏡をかけた初老の男たちが魅力いっぱいに描かれてるマンガって、すごいなあ。どっかの知事の老眼鏡姿のおぞましさとは、まったく違う。
 「黒い」「白い」といえば、光文社古典新訳文庫の、丘沢静也訳カフカ『変身/掟の前で 他2編』(2007年9月、光文社)。訳者あとがきに、「あるとき白水社の『城』を見て、驚いた」とある。「ページが白い」、と。底本の全集(フィッシャー版、批判版カフカ全集)では改行が少なくて活字がぎっしりなのに、引用符つきの会話がみな改行されているので、白く見えるのだと。丘沢は、白水社版の翻訳の中に、「カフカより高いポジションに立って翻訳したような大胆さ」を見る。それに対して、クラシックの演奏で言うところの「ピリオド奏法」としての翻訳、というものを提唱している。
変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)

変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)

 光文社のこのシリーズは、わかりやすい・読みやすいドストエフスキー、で評判を取った。もちろん丘沢はドイツにおけるカフカ全集の歴史的な流れ(ブロート版、フィッシャー書店の批判版、シュトレームフェルト書店の史的批判版)を踏まえて、あくまでもカフカに関して述べているわけだが、それでもこのシリーズの編集者の懐の深さは感じ取れる。
 黒の中に浮かび上がる形や表情、ぎっしりの活字の中に浮かび上がるフレーズ。読書の快感。