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ベンノー・プルードラ『氷の上のボーツマン』(岩波書店、2009年11月)

氷の上のボーツマン

氷の上のボーツマン

 好きな作家プルードラの、1959年の作品。原題は"Bootsman auf der Scholle"。Scholleというのは土の塊を意味する単語だけれど、ここでは氷の塊、流氷などといった意味のEisscholleのこと。本文では「浮氷」と訳してある。絵はヴェルナー・クレムケ、翻訳は上田真而子
 プルードラは、ここ数年でたくさん日本語になった。子どもに読んでほしいから、児童書コーナーに並ぶような形で出てほしい。プルードラについては以前にも書いたことがある。
http://d.hatena.ne.jp/hndm64/20080408
 この作品は50年前のものだけれども、ストーリー自体は単純だから、古さを感じない。なによりも、語り口がやっぱりすてきなのだ。話が佳境にさしかかるにつれ、描写はより一層細かくなり、それにつれて読者が読むスピードもゆっくりとなっていく。作中人物の感じる喜び、うれしさを、読者もじっくりと体験することになる。

モーターボートは突進してゆきました。
調理室からコックがのぞいています。
ボイラー室からボイラーマンがのぞいています。
甲板の手すりからは、乗組員の半分がのぞいています。
みんな、モーターボートの帰りを待っているのでした。
船長フェーオドアは望遠鏡を目にあてたまま、見ていました。
モーターボートは白い水しぶきの羽をつけて、とんでいきます。

ここで視点が主人公に転換する。

モーターボートがウーヴェのほうへとんできてくれているのです。
なんとはやく、なんと大胆に、こちらへむかってとんでくることでしょう!
ウーヴェに、ミーシャとコーリャが見えました。
ウーヴェはさっと青いぼうしをひきぬぎました。
ミーシャとコーリャがまるいぼうしをふりました。
なんてうれしいことでしょう! ウーヴェはむろんのこと、ミーシャとコーリャも、うれしくてたまりませんでした。

視点交代の動きのあとに、初めて出会うふた組の人たちの、帽子を脱ぐ、振るという動作を重ねることで、彼らがおたがいに自然と心を通わせるようすが違和感なく読む者に了解される。うまいなあ。こういうの、本当に好き。
 クレムケのさし絵もいいのだ。