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『英国レディになる方法』(河出書房新社、2004年9月)

 「英国・ヴィクトリア朝の女性と子どもの生活誌」。事典式に、豊富な図版で、生活の細部を浮かび上がらせる。すてきな本である。著者は岩田託子と川端有子。

英国レディになる方法

英国レディになる方法

 ヴィクトリア朝に関しては、こういう本がいっぱいありそうだ。
 ご存じのように、イギリスはヴィクトリア朝という時代に、児童文学の黄金期がやってくる。ブルジョアジーの興隆、「子ども時代」の登場、家族のあり方の変化。さまざまな要素が相まって、「子ども」や「少女」が主人公であったり、子どもが消費のターゲットであるような本がたくさん生まれてきた。この本は、そういう時代を生活に即した数多くの「もの」で描きだしている。それらを小説によって語らせているのが、とても楽しい。
 第1章は「少女時代」、ファッション・プレート、ロマンス小説、指貫、サンプラー、ベルリン毛糸刺繍、シルエット、スクラップ・ブックとクロモ、などなど。
 第2章、「結婚式」。第3章、「奥様家業」。ティータイム、祈祷書、シャトレーヌ、壁紙、グラス・シェイド、携帯書き物机・・・。
 第4章、「子ども時代」。ここがぼくにはおもしろかった。ケイト・グリーナウェイ・ドレス、フォントルロイ・スーツ、幻灯機、子ども雑誌、トイ・シアター、人形の家、テディ・ベアノアの箱船
 第5章は「年中行事」、第6章は「弔い」。
 確かに「指貫」ってけっこうよく出てくるアイテムだ。アリスにも、ピーター・パンにも、『床下の小人たち』にも出てくる、と紹介されている。「ベルリン毛糸刺繍」はクロス・スティッチみたいなものか。
 「子ども時代」の章の始めに添えられている解説文が勉強になる。ヴィクトリア朝の「子ども像」は階級に大きく依存していて、労働者階級の子どもは労働力として搾取の対象であったけれど、都市の中・上流階級の子どもたちは「子ども部屋(ナーサリー)」文化のなかにいた。1830年代以降のことだ。この子ども部屋は、「親たちとは隔絶した世界」だったのだと。子どもたちは乳母や家庭教師によって世話され、親と接する時間は驚くほど少なかったらしい。
 ではドイツではどうだっただろう? たとえばインゲボルク・ヴェーバー=ケラーマン『子ども部屋』(白水社、1996年、原本1991年)が参考になる。ヴェーバー=ケラーマンによれば、やはりドイツでも19世紀前半、いわゆるビーダーマイヤー時代に子ども部屋は生まれる。中産階級から大ブルジョワ階級の家庭の「設備」として。ヴィルヘルム1世の時代、普仏戦争の勝利による莫大な賠償金が「グリュンダーツァイト」あるいは「泡沫会社乱立時代」を招く。その時代に、

ビーダーマイヤー期の子ども部屋の親密さが、ある種の冷たさに席を譲った・・・(中略)。母と子の関係の親密さが、ブルジョワジーの儀式のなかで硬直してしまった。この儀式のなかで両親と子どもたちの間に子守りが押し入ってきたのである。子どもたちは、母親よりも子守りにより自然な愛着を感じることが多かった。母親は「奥様」の役割を演じて、子どもたちからどんどん遠ざかって行ったのである。(35ページ)

 この点では、イギリスのヴィクトリア朝とドイツのヴィルヘルム1世時代は平行しているように見える。けれど、子ども部屋のしつらえ、子どもの服装などに関しては、ドイツではイギリスほどに子どもに金と情熱をかけていたかどうか。調べてみたいところである。
 ところで、『英国レディになる方法』の「ノアの箱船」の項目では、「ノアの箱船を模した木製のおもちゃは、ドイツが起源といわれる」とある。ヨーロッパでは非常にポピュラーなおもちゃなのだと。たしかに船と動物だから、これは楽しく遊べそうだ。うちにも、ドイツ土産の、マッチ箱に入った木工細工の「ノアの箱船」がある。

 これでは遊べないけれど。