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Grimm/Susanne Janssen:Hänsel und Gretel (Hinstorff,2007)

今年度のドイツ児童図書賞、絵本部門を受賞した作品。グリム童話のなかでももっとも知られたもののひとつである「ヘンゼルとグレーテル」を現代的な絵本に仕立てた。挑戦的で意欲的な作品だと思う。
冒頭、「Vor einem grossen Walde 大きな森を前にして」とだけ強烈に大きな活字でページ一面に書かれ、次をめくると、森の中を走る鹿がこれも見開きほぼ全面に大きく描かれている。鹿の胴体のまん中には赤くえぐれた傷があり、そこに矢が刺さっている。森の木々は奥行きがなく平面的、しかし左手奥には古い工場の内部のような光景が覗いている。
そのあと、登場人物たちが、やはり大きな活字と巨大なアップを用いて紹介されていく。
アクリル絵の具で描かれる、硬質でしかしなめらかな肌、背景は絵や写真のふしぎなコラージュ。人物たちも、どこかから切り抜かれて、コラージュの一部として貼り付けられているようにみえる。あるいは、そう見えるように、輪郭にエッジが立てられている。さまざまな素材感を持つ要素が混在し、かつそれらが平面上に、その素材感を直接感じさせる形で、切り貼りされている。
眺めていて、登場人物に感情移入できるわけではない。むしろ絵の方から多くを語りかけてくるタイプの造形だ。表現主義的と言えばいいか。マックス・エルンスト的というか。

ドイツ児童図書賞のサイトにある短い論考には、おおむね次のように書かれている。
・いくつかの絵画技法を衝突させることによって、画面の中に切断面(あるいは裂け目か、ドイツ語Bruch)を生みだし、それがこの有名なメルヒェンに新たな解釈の可能性を開いている。
・登場人物の心理(学)的描写。双子のように描かれるふたりは、一体となってはじめて敵対的な環境に立ち向かえるというのか? 男性と女性の緊密な結合のみ生きることを可能にするというのか? なぜふたりは目を閉じているのか? 読む者それぞれの思考の可能性に開かれている。
・このメルヒェンの実存性を表現する色のコントラスト、絵画として念入りに彫琢された即物的表現、見る者の神経を逆立てる、デジタル的処理がなされた写真のコラージュ。それらに目を奪われる。硬質な切断面と、ビロードのような肌の質感とのコントラスト。これらを駆使して心理的描写がなされる、たとえば父親は、傷つき、苦しみ、生きる意欲が奪われているように見える。
・突然現れる、構造上の裂け目。金属製の機械の鳥、縄でできた木の幹。メルヒェンの森がドラマの舞台空間となり、自然は記号へと変わる。絵画空間の造形においては、写実的ではなく、構成主義的なパースペクティブが展開される。魔女の家は人工的な森にあるブルジョア的な都会の建物となり、魔女は化身と年老いた映画スターとの奇妙な混合物となる。
・絵のダイナミックさ、強烈さに、穏やかなタイポグラフィーが対置される。冒頭のキー・センテンスが1ページ全体に巨大な活字で配される。それによってこのメルヒェンのドラマツルギーの速度が抑制され、絵に向けられる読者の集中度が高められる。

年齢は10歳以上から、とある。お話しを楽しむ絵本ではない。誰でも知っている昔話が選ばれているのも、そのためだろう。
ぼくは、けっこう好みです。他の作品も見てみたい。イタロ・カルヴィーノの昔話を絵本にしたのもあるようだ。

作者のズザンネ・ヤンセンは、1965年生まれ。1994年からイラストレーターとして活躍している。トロイスドルフ絵本賞やブラチスラヴァ絵本ビエンナーレでも受賞歴がある。デュッセルドルフ芸術大学でWolf Erlburuchに師事、と。
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