ホンダヨンダメモ(はてなダイアリー版)

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マンガ。

今年も夏休みのエアポケットに入り込んでしまった。インプットばかりで、アウトプットする力がしおしおと萎えていく。読んだ本はたくさんあるのだけれど、ブログで感想を、という気持ちがいまひとつわいてこない。
そんなぼんやり頭には、『鈴木先生』はちょっと刺激が強すぎる。竹富健治『鈴木先生10』(双葉社、2010年8月)。

鈴木先生(10)ーアクションコミックス

鈴木先生(10)ーアクションコミックス

演劇編。2年A組の文化祭は演劇『ひかりごけ』。「鈴木式演劇指導」炸裂。「スズキ・メソッド」だ。あいかわらずのユートピア。でもいろいろ言いつつ読んでしまう。そろそろこの物語も終わりが近いか。
よしながふみ『大奥 第六巻』(白泉社、2010年9月)は、何段も平積みになっていた。映画やるので、プッシュされているらしい。
大奥 第6巻 (ジェッツコミックス)

大奥 第6巻 (ジェッツコミックス)

この物語では将軍は国を治める「仕事」と世継ぎを「産む」こととを同時に担わされる存在だ。それって、現代の女性の立場と重ならないだろうか? 今、「妻」とはどのようなものなのか?
それとはあまり関係ないかもしれないが、ひょっとしたら関係あるかもしれない、福満しげゆきうちの妻ってどうでしょう? 3』(双葉社、2010年8月)。
うちの妻ってどうでしょう?(3)ーアクションコミックス

うちの妻ってどうでしょう?(3)ーアクションコミックス

前巻まではなにげなく読んでいたが、これ、けっこうすごいマンガかも。1話4ページで1ページに8コマ。その中にいくつかのエピソードが一見脈絡なく並べられている。エピソードの終わりには「『***』おわり」と書かれている。各エピソードの長さは自由自在。それぞれの話はつながっているようでつながってなく、しかし読んでいて違和感なく、読後にしっかり1話読んだという感覚がのこる。
たとえば81話。タイトルの絵は妻が夫にものすごい形相でびんたを食らわしていて、「1010年4月3日たたかれる」とキャプションが入っている。最初のエピソードは、夫がゲームをやっている(ゲームの画面は人がロープを滑り降りるところを映している)ところに妻が来て、「ツイーじゃないでしょ」「いいかげんにしなさい」と言う。夫は「ああ・・・」と気がつく。妻はロープを滑り降りる様子を「ツイー」と言ったのか、と。最後のコマは、「セーブして妻を追った」「『ツイー』おわり」。
このあとは、もっとずっと内容のある長いエピソードが続いて、全体でこのふたつの話でこの回は構成されているのだ。
「ツイー」の話は、なんともじわじわとくる。昔の私小説の一場面にありそう。しかしこれだけを独立して掲載するのはちょっと無理だろう。でも、より内容のある話と組み合わせることで、このような「味わい」を確保しているのである。うまい。
最後に、衿沢世衣子『ウイちゃんがみえるもの』(講談社、2010年8月)。
ウイちゃんがみえるもの

ウイちゃんがみえるもの

これはジャケ買いだった。そしておもしろかった。絵がいいし、「子ども時代」がここには確実にある。ほかの人には見えないものが、主人公の小学生ウイちゃんと友だちのみすずちゃんには見える。そんな友だちがいることの幸せ。