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加藤秀俊・前田愛『明治メディア考』(河出書房新社、2008年12月)

明治メディア考

明治メディア考

 最初に単行本としてでたのは1980年(中央公論社)、ぼくはその3年後に中公文庫になったのをずいぶん前に読んだのだけれど、必要があって読み直そうと思ったら見つからないのである。見つからない本ばっかりでいやんなる。幸いなことに河出から1年ほど前に復刊されていたので、買って読んだ。
 で、やっぱりこれはおもしろいのだった。
 明治という時代になにが起こったか。空間、時間に対する人びとの感覚が劇的に変化した。西洋的な「視覚」の文明がやってきた。新聞、郵便制度などの整備を背景とした情報化の波が押しよせた。鉄道の敷設はモビリティを劇的に変えた。
 そしてそれらがあったからこそ、日本近代文学が生まれ、「標準語」が生まれ、ジャーナリズムが生まれ、芝居が庶民の娯楽として広まったのだ。つまり、明治の文化なり文学なりは、「メディア」の革命的変化を基盤として(そしてその結果として人びとの感覚のあり方が変化することで)成立したのである。
 というようなことが、前田・加藤というふたりの対談形式で縦横無尽に語られるのであるから、これはつまらないわけがない。「読者論」を含んだ「メディア論」の名著。
 ちょっとメモ。
 *福地桜痴・・・東京日日新聞・・・政府寄り?・・・「新聞」と「演劇」・・・国民教化政策・・・「教導職」・・・九世団十郎・・・「演劇改良」
 *明治5年に学制制定、その世代は明治10年半ばから20年ごろに青年期を迎え、彼らが近代文学の読者層となっていく。徳富蘇峰の『国民之友』は明治20年創刊だ。明治の第二世代。「小国民」の世代。この頃に、東京では中産階級生活様式ができあがる。
 *活版印刷のはじまりと、視覚優位の時代とは、照応している。
 *19世紀は、世界的に「新聞の世紀」であると同時に「博覧会の時代」でもある。
 *明治の「聴覚」:小学唱歌、俗謡(都々逸など)、そして演歌。演歌は瓦版の読売りの流れをくみ、壮士崩れや書生が担う。川上音二郎もこのあたりから生まれる。
 *明治20年代に、明治天皇は「生身の姿」から「御真影」へ(神格化)。それ以前は、たとえば天皇自ら個人の私邸(たとえば明治の元勲たちの)を訪問することがよくあった。
 *「往来物」:明治になってもあった・・・たとえば橋爪貫一『世界商売往来』(明治4年)。啓蒙! = イラスト入りの新語辞典として。西洋語と日本語の対照、プラス、イラスト。(これって『世界図絵』的啓蒙書?)
 *明治時代=文明開化・・・「思想」「観念」「イデオロギー」の前に「風俗」や「事物」があった!・・・「日本人の天性のプラグマティズム
 *時計塔・・・「文明の偉容を誇示する都市の装置」「視覚的記号」・・・人びとの上昇の欲求と都市のパノラミックな眺望への期待・・・軽気球・・・ジュール・ベルヌ『空中旅行』の翻訳(明治16年)・・・浅草十二階(明治23年)・・・明治23年:第三回内国勧業博覧会、浅草の日本パノラマ館、スペンサーの軽気球