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長谷川四郎

 「KAWADE 道の手帳」シリーズの最新刊は、長谷川四郎。生誕100年とのこと。

長谷川四郎--時空を超えた自由人 (KAWADE道の手帖)

長谷川四郎--時空を超えた自由人 (KAWADE道の手帖)

 長谷川四郎は、謎の名前だった。福武文庫のカフカ短編集で名前を知り、河出の「ブレヒトの仕事」シリーズの訳者の一人であることに気付き、しかしどうも独文学者というわけでもなさそうだ(実際は法政大学の独文で教えていたようだが)。しかし、特に調べてみるということもせずにいた。
 それでも名前を気にしていれば、わかってくることがある。「新日本文学」に関わる作家であること。満州で政府の中枢にいて、戦後シベリアで抑留生活を送り、代表作に『シベリヤ物語』があること。『デルス・ウザーラ』の訳者でもあり、ドイツ語、ロシア語だけではなくフランス語やスペイン語、英語からの翻訳もあること(ベケットの『エンドゲーム』なども訳している)。
 そして、兄が戦前の大流行作家である長谷川海太郎なのだった(四郎はもちろん四男)。谷譲次の名前で『めりけんじゃっぷ』シリーズを書き、林不忘として『丹下左膳』、牧逸馬の名で怪奇ものやミステリーを書いた作家だ。海太郎は若くして亡くなっている。
 うーん、不思議な経歴と、多彩なジャンル・多くの外国語を横断する仕事をした人だ。
 そのあたりまで把握しただけで、翻訳以外の小説や詩を実際に読んでみることはしていない。この本に収録されている作品を読んでみると、ちょっとピンとくるものがあった。小説も、詩も。特に詩がとてもいい。作品は講談社文芸文庫にかなり入っていたが、いずれも品切。古本屋で見つけたら(そして買えるくらいの値段だったら)買ってみよう。
 ブレヒトがどのようにアクチュアルであったのか、ぼくにはまだ、いまひとつわからない。ひょっとしたら、長谷川四郎のような枠にはまらない存在を通して、そのことが少し見えてくるかもしれない。『中国服のブレヒト』も含めて、「記録芸術の会」や「木六会」での活動をたどることで、その時代の雰囲気がたどれるだろうか。
 この本の「キーワードで辿る長谷川四郎の軌跡」のなかに「演劇」の項目があり、そこに長谷川が書いた戯曲「兵隊芝居」のことが書かれている。演出は千田是也。それによると、この戯曲は「俗謡、軍歌のパロディ、替え歌をはじめ自製他製の引用句がふんだんにちりばめられていて、コラージュ劇のようだった」とある。「そうしたやり方で民衆のエネルギーを汲み上げ、民衆の笑いと風刺によって、国家の縮図としての軍隊を、三島由紀夫的武士道精神を、川端康成的浪漫主義を、そしてそれらの中核をなす天皇制を、笑いとばし、たたきのめそう」とするのだ、と(179ページ、執筆は福島紀幸)。


 息子の長谷川元吉は映画カメラマンで、吉田喜重の映画などを撮っている。『父・長谷川四郎の謎』という著書があり、買って読んだ記憶があるのだが、崩壊中の勉強部屋のどこかに埋もれて見つからないのである。