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福岡伸一『できそこないの男たち』(光文社新書、2008年10月)

昨年末、娘が通っている民間学童保育でクリスマス会があった。女の子たちの出し物のひとつが、懐かしの曲「ジンギスカン」で踊る、というものだった。これがまた激しいダンスで、さびの部分で右足を左足の前で曲げて左手でタッチ、その右足を今度は左足の後ろに持っていって左手でタッチ、それをこんどは右と左を代えて、というのをひたすらくり返す。女の子たちはそれはもう楽しそうに踊ってた。
Dschinghis Khanはドイツの80年代前半のグループで、この歌も歌詞はドイツ語だ。4連目がけっこうすごい。


気に入った女は自分のテントに連れこんだ
だってさ、世界中の女が
あいつにメロメロなんだから
ひと晩で7人の子どもを作った
敵のことをせせら笑いながら
あいつのパワーには誰もかなわない


さて、『できそこないの男たち』である。
ベストセラーになった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)を読んでたいそうおもしろかったので、読んでみた。動物は発生学的にメスがデフォルトで、オスはメスの身体から変異をとげて作り上げられた存在だ、という全体のテーマは、科学好きなら目新しいトピックではない。
それを遺伝子のレベルで、かつ「しろうと」にもわかりやすく語るところに、本書の最大の特徴がある。なにより、著者自身の、あるいは著者が実際に接した研究者たちのなまなましい行動から語り起こすスタイル、そして、なんというか、教科書的・概説書的でない、ある種「ブンガクテキ」な語り口が、「売れている」秘密のひとつだろう。
最先端の研究者たちの、けっこう人間くさいドラマを「ドラマ仕立て」で語る。でもね、今回はちょっと調子に乗りすぎじゃないかしら。科学の啓蒙書好きとしては、もう少し押さえてくれないと鼻白む、ということもある。はいはい「文才」ありますなあ。
特に最後の章は、非常に興味深い内容なのだが、本全体のテーマから考えると、変な誘導がかけられている、と読まれかねない。


それはそれとして、「Y遺伝子」の「ドラマ」それ自体は、ほんとうにおもしろい。特に9章「Yの旅路」がおもしろかった。Y染色体の多型性を解析することで、世界中の全男性のルーツが十数万年前のアフリカにいたひとりの男性にあると判明する。そこからどのように世界中に分布していったのかも描きだされる。日本はその多型性がかなり混在していて、「人種のるつぼ」であるそうだ。
数年前の論文が紹介されている。アメリカのある研究チームが、アジア地域で集めた2000人ほどのY染色体の多型性を解析したところ、8%の男性が、あるひとつの多型性を共有していた。しかし、その男性たちは同じ民族でもなく、同じ地域に暮らしているわけでもない。「男たちは広く、中国東北部からモンゴル、果てはウズベキスタン中央アジアアフガニスタンに至るまで極めて広大な地域に分散して存在していたのだ」(p.224)。分析は、彼らの遺伝子的ルーツが1000年ほど前のひとりの男性にある、と算出した。
そう、お察しの通り、その男性とは恐らく、チンギス・ハーンなのである。自分のY染色体を、その広大な領土のあらゆるところにばらまいたわけですね。