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大塚英志『ストーリーメーカー 創作のための物語論』(アスキー新書084、2008年10月)

著者肩書きは「神戸芸術工科大学教授」だが、マンガを含めたサブカルチャー方面の編集者から、社会評論、文学評論、マンガ評論、それからマンガ原作者、大学での啓蒙活動と、幅広く活躍する人物である。「おたく/オタク」の第一世代を自認。筑波大学民俗学を学び、それが活動の大きなバックボーンとなっている。重要な評論家のひとりだと思う。
 この本は、大学での物語論講義がもとになっている、とある。「物語の文法」「物語の構造」を、物語の分析に用いるのではなく、逆に創作に使ってみよう、というコンセプトだ。第一線のマンガ原作者として実作にも関わる人間の書いたものだから、具体的で非常にわかりやすい。
 全体は二部構成で、第一部が理論編、第二部が実践編。
 第一部で紹介されるのは、1.瀬田貞二の『幼い子の文学』における、物語=「行って帰る」話 2.ウラジーミル・プロップの『昔話の形態学』 3.オットー・ランク『英雄誕生の神話』 4.ジョセフ・キャンベル『千の顔を持つ英雄』 5.クリストファー・ホグラー『神話の法則』。
 1.まずは「行って帰る」が、宮崎アニメを参照しながら物語の基本構造として説明される。導入としてこれはうまい。通過儀礼との相似(越境)、という視点は、「成長」との関わりにおいて大切なのだが、ここでしっかりと確認されている。
 2.グリムのメルヒェンに興味のある人には、プロップの項目が興味のあるところだろう。大塚はプロップの31の「機能」を、『スター・ウォーズ』やコンピュータゲームなどを具体例としつつ、簡単に解説している。「簡単に」というのは実はとても難しいのだけれど、さすが。
 3.ランクの神話論を、中上健次の劇画原作『南回帰線』を具体例に、というか、『南回帰線』をランクの神話論によって、説明する。大塚は、村上春樹大江健三郎、そして中上健次を、「物語論」と深く関わる作家だと考えているのである。「物語論的に物語る」、「応用物語論的な傾向」を持つ作家たち、と大塚は言う。このあたりから、いよいよこの本の中心部分だ。
 4.『スター・ウォーズ』のシナリオ制作がどのようなシステム(「工程」)によってなされたのかを解説しつつ、そこにアドバイスを与えたとされるキャンベルの、英雄神話の基本構造論を説明していく。中上、日本神話、ディズニーランドのアトラクションなど、ランクやプロップも参照しつつ論じられるこの部分が、この本の中心であろう。
 5.ここで解説されるホグラー(Voglarだからボグラーか)の本は、大塚によれば「キャンベルの『ヒーローズ・ジャーニー』論をハリウッド映画のシナリオ・マニュアルとして転用するための入門書として書かれた一種のビジネス書」である、と。ハリウッド映画のシナリオがチームによりシステマティックに進められている、その際に記号論物語論が大いに参照・研究されていることは聞いていたが、その一端がわかる。

 
ハリウッドでのキャンベルとルーカス、コンピュータゲーム(トールキンがその始まりにある)、宮崎駿、そして文学における大江、中上。80年代とは「物語論」的に単純化された「大きな物語」が復興していく時期であると、大塚はまとめる。その上で、

89年に蓮實重彦が『小説から遠く離れて』において、純文学から大衆小説に至るまで多様な小説の領域であたかもプロップの構造の「ヴァリアント」であるかの如く同一の物語構造が反復されていることに苛立ったこと、そして、90年代に入ってから柄谷行人が、村上春樹から『ドラゴンボール』に至る、汎世界化した日本のサブカルチャー的なものには「構造しかないではないか」と言い切ったことの意味もようやくみえてくる

と言う。このあたりは大塚英志にしか書けない視点だろう、著者の真骨頂だ。
第二部は、30の質問に答えていくと物語ができてしまうという、実践編。実際の学生の作例を具体例としているのだが、これもすごくおもしろい。


著者の関連する本としては、
『キャラクターメーカー 6つの理論とワークショップで学ぶ「つくり方」』(アスキー新書062、2008年4月):こっちはより具体的で、やはりとてもおもしろい。読み物としてはこちらのほうが楽しいかも。キャンベル理論の説明で、グリムでは王女の前に蛙が「使者」として現れて王女を「召還」するが、それは『スターウォーズ』ではR2D2がレイア姫のメッセージをもたらすことにあたる、と。「自己の覚醒」を促す声として。
『キャラクター小説の作り方』(角川文庫、2006。講談社現代新書、2003年を加筆訂正):昔話「姥皮」と川端『伊豆の踊子』、宮崎駿千と千尋の神隠し』の物語構造の対比表つき。
『物語の体操』(朝日文庫、2003年):これもおもしろい。解説は高橋源一郎


大塚は、9.11以降イラク戦争に至るアメリカの戦争が、「ハリウッド映画の文法通りに進行していった」、つまり「戦争を解釈する思考が経済でも思想でもなく「物語的な因果律」に取って代わっている」、であるがゆえに「人々から批判的能力を奪った」と言う。ぼくらは確かに、WTCの映像を見てまるで映画のようだと思い、ブッシュが正義の味方を「演じる」様子を、「善」と「悪」のキャラクターが作られていく様を、呆然と眺めていた。「構造」なんてもはや流行らない、という大勢に、ぼくも異議を唱えたい。昔話や神話の力は、いつでも大きいものなのだ。