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『クラバート 謎の黒魔術』(2008)

新宿のシネコン「バルト9」でやっていた「ドイツ映画祭2008」の最終日に、『クラバート』を観てきた。言わずとしれたオトフリート・プロイスラー原作のファンタジー
10時半開幕。この映画館には初めて行ったが、座席番号がなく四角が並んでいるだけの画面の座席表と、ぺらりと示された紙の座席表を見比べながらチケットを買うという訳のわからないチケット売り場で当日券を買い、6という数字の部屋へ。400ほどの席が、ほとんど埋まっている。コーラを買って席に着く。
瀬川裕司さんが前説に出てくる。監督は風邪をひき、始まりの挨拶には来ていないが、終幕後に必ず来るはず、と。
2時間ほどの映画を楽しむ。ええと、楽しんだ。少なくとも退屈はしなかった。

楽しんだところ:
・景色がきれい。ルーマニアでロケをしたそうだ。
・カラスに変身する場面など、魔法はそれなりに見応えあり。
・トンダ役のダニエル・ブリュールが、かっこいい。すてき。
・カントルカ役のパウラ・カレンベルクがかわいい。だいぶ好み。でもどこかで見たことあるかも、と思ってググってみたら、『みえない雲』の主人公ハンナをやっていた子だ! グードルン・パウゼヴァングが1987年に書いた小説を2006年に映画化したもので、日本でも公開されて観に行ったのだった。
・クラバート役のダーフィット・クロス(売り出し中の人気俳優)、最初は「男の子」なのが、次第にきりっとした「男」に変わっていく。

首をかしげたところ:
・クラバート役、もうちょっとかっこいいと良かったかも。
・親方も、なんだかちょっと。Zeit onlineの評では、炭鉱労働者みたい、と書かれていた。
・原作と比べるのはあまり生産的ではないかもしれないが、12人の徒弟たちが最後には力を合わせて、悪いやつも主人公の正義に触れていいやつになって、なんていうのは少し興ざめ。「集団」の熱狂は、原作では描かれることはない。それがドイツの戦争直後の(児童)文学を担ったプロイスラーの倫理だ。
・杖で戦うシーンは、気持ちはわかるけれど、お子様っぽい。
・Gegen Liebe hast du keinen Zauber. 愛に勝てる魔法などないのだ。と、クラバートは見得を切る。でも、こういう話にしてしまったら、その「愛」が生まれるところをもっと説得力を持って語らねばならない。原作では、キー・ワードは「不安」だ。誰かを大切に思う余りに生まれる恐れ、不安。高らかに理想を歌い上げることを抑制し、他者の存在を自分の身に引き受けること。

でも、さまざまにはめられた枠の中で、楽しい映画に仕上がっているのは確かだと思う。ドイツでは封切り1か月で動員100万人を超え、大ヒット中とか。

終幕後、クロイツパイントナー監督、プロデューサー、俳優(リュシュコ役のシュタードルオーバー、大人気の若手俳優)による質疑応答あり。
・映画化権をずっとある人が持っていて、ようやく7年前に自分たちが映画化権を取得した。プロイスラー本人やその娘と交渉し、映画化にこぎつけた。プロイスラー85歳という記念の年に映画化できて良かった。
・原作はソルブ(ヴェンド)人に伝わる伝説が元になっているが、衣装や舞台装置、復活祭の歌などにソルブの伝統を取り入れている。
・リュシュコーが原作と異なり最後に「いい人」になるが・・・プロイスラーは、『クラバート』は自分たちの世代の作品だ、つまりファシズムという負の遺産を引き受けての小説なのだと折に触れて語っている。しかし、自分たちは自分たちの時代に合わせてこの作品を映画にしたかった。悪と善の区別は明確ではないはず。ひとりの人間の中にも、善と悪が同居している。それを描きたかった。
プロイスラーもこの映画を家族と見た。自分の世界がきちんと描かれている、という言葉をいただいた、と。

となりに座っていたがさつそうな男が(質問をしていた)、食べていたポップコーンの容器を座席の上にほっぽって行き、中身が周囲にこぼれているのを悲しく見ながら、映画館をあとにする。

(2008.11.27 一部訂正)