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吉田秋生『海街diary2 真昼の月』(2008年10月、小学館)

海街diary(うみまちダイアリー)2 真昼の月(フラワーコミックス)

海街diary(うみまちダイアリー)2 真昼の月(フラワーコミックス)

2006年から始まった連載の、単行本2冊目。いい話です。
鎌倉は江ノ電極楽寺駅近くの古い家に暮らす、19歳の千佳、22歳の佳乃、そして28or29歳の幸、の三姉妹。物語は、女性と家を出て行った父親が亡くなったという知らせとともに始まる。
母親も家を出ており、札幌で新たな家庭を築いている。三姉妹ははじめ祖母と暮らしていたが、その祖母が6年ほど前になくなってからは、三人で暮らしている。
父親の葬式で、姉妹は父の娘、つまり腹違いの妹である中学一年生のすずと出会う。すずの母親は亡くなっていて、父は再々婚、山形の温泉町で暮らしていた。つまり、父の死によって、すずはその地で血のつながらぬ家族の中にひとり残されてしまった。すずは、鎌倉で姉たちと暮らすことになる。
この物語は、なにしろ、第1巻の第1話がいい。4人の姉妹の性格と、これから始まるストーリーの大きな枠組みが過不足なく提示され、彼女たちがそれぞれ持っている屈託、欠けたピースが暗示され、しかもこの1話だけで「物語」の楽しみを充分に与えてくれる。
その第1話で挿入される、高台からの温泉町の眺め。山に囲まれた、一目で見渡せる、小さな空間である。

「お父さんもこの場所がとても好きだったんです」

というすずの言葉を受けた、

「ねえ なんか鎌倉に似てない?」
「うん! あたしもそう思った」「あの山の向こうに海が見えたら鎌倉だよね」

という台詞が暗示するのは、鎌倉も、閉じられた限定的空間であるということだ。その閉じた小空間の、しかも「谷=やつ」の奥にある古い家で暮らす三人のもとに新たなメンバーが「外」から加わることで、物語が始まる。
そう、『河よりも長くゆるやかに』に始まり、『櫻の園』や『BANANA FISH』などを経由して、ふたたび吉田秋生的な「限定された空間の中での、同性的集団の物語」が始まったのだ。母と対比される意味での、「娘たち」の物語が。
欠如と、新参者の加入。「物語」の典型的な始まりが、ここではすばらしく巧みに語られている。
この第2巻は、『ラヴァーズ・キス』の朋章にまつわるストーリーも一段落し、所属するサッカークラブでのすずの人間関係がメインに描かれる。
すずの言動は常識的に見れば、ときに外見とはちょっとアンバランスに「大人っぽ」すぎるのだが、そのようになった理由が物語の主要モチーフになっているわけだから、違和感がない。そしてその大人っぽさがストーリー全体を支えてもいる。そのあたり、ほんとうにうまい。
葬式や法事って、物語のなかで描かれると、そのなかの「家族」にぐっとリアリティが増す。それだけでなく、ほんのちょっとした場面やモチーフを使ってリアリティを深めるのが、吉田秋生は上手だ。たとえば「大船の大叔母さん」とか、梅酒づくりとか。
あと、「後ろ姿」を同じ構図で連続させるシークエンスも、あいかわらず印象的。これは『河よりも…』のトシの「べろん」のシーンから、かな。
すずに恋心を寄せる風太が、すずのまつげにのった雪のかけらや顔のほくろ、髪についた桜の花びらに引き寄せられてしまうシーン、おじさんは気に入りました。こういうの好きです。