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西館好子『表裏井上ひさし協奏曲』(牧野出版、2011年9月)

表裏井上ひさし協奏曲

表裏井上ひさし協奏曲

別にテキスト論などを持ち出す以前に、ぼくはもともと作家そのひと自身に関心を向ける気持ちが薄いのだ。伝記的事実が重要ではない、ということではないけれど、なるべく生身の人間と作品とを切り離しておきたい。
しかしこの本はつい買ってしまった。読んで、感想と言えば、やっぱり作家とは大変な存在だという平凡なものでしかない。
妻の不倫による離婚があり、そしてその背後に夫による家庭内暴力があり、というところまでは聞いていた。読んで、出自の複雑さ、郷里への愛憎、若き日のまぶしいばかりの野望と名声を得てからの強烈な自己確認への欲望、妻の両親との同居問題、などなど、それらが本と文字の中にしか生きる場を持てない人間を作りだしたことに、怖くもなり、また納得もする。
これも紋切り型の感想だが、あの豊かな物語世界はこの大きな欠落から生まれたのだな、と。
晩年の、娘たちとの関係が、衝撃的だ。でもやはりぼくは、前半の若き二人の成功物語をより楽しんだ。
あれほどまで深く何かに執着できる人間というものが想像できないぼくは、やはり創造する人間ではまったくないのだな。