ホンダヨンダメモ(はてなダイアリー版)

はてなダイアリーから移行。元は読書メモ、今はツイッターのログ置き場。

エドウィージ・ダンティカ『愛するものたちへ、別れのとき』(佐川愛子訳、作品社、2010年1月)

愛するものたちへ、別れのとき

愛するものたちへ、別れのとき

作者は1969年ハイチ生まれ。12歳でニューヨークへ移住、94年に作家デビュー。『愛するものたちへ、別れのとき』(原題 "Brother, I'm Dying",2007)は全米批評家協会賞の自伝部門を受賞、と。
ハイチについて知っていることは、恥ずかしながらほとんどない。最貧国のひとつ。ローリン・ヒルのいたフージーズの残りのメンバーがハイチ出身(The Fugeesはrefugeeから、らしい)。キューバの隣、ドミニカ共和国と島を分け合っている、カリブ海の国。今年の頭に大地震があった。いや、ほとんどの知識は地震を伝える報道で知ったのだ。瓦礫と死体の積み上がる写真とともに。
2歳の時に父親アンドレ・ミラシン(ミラ)がアメリカへ移住、残されたエドウィージは伯父ジョセフと伯母に育てられ、アメリカで市民権を得た両親によって12歳でアメリカに引き取られる。その父、伯父の死までを、自伝的に描いている。
しかし、ノンフィクションとしての「自伝」ではなく、これはやはり自伝的小説と言うべきだろう。作者は登場人物でもあり、同時に神の視点を持つ作者として父や伯父の人生を語る。語る自分と語られる自分が錯綜し、1人称の視点人物として父・伯父とのやりとりを描くと同時に、作者としてハイチの姿、その中で生きる「私」「父」「伯父」たちを描きもする。巧みな小説的技巧がそこには凝らされている。
それにしても、やはり深い印象は伯父であるジョセフの生と死の描写からもたらされるのだ。国の悲惨な状況の背後にある絡み合った歴史の糸、強国の身勝手。人びとの賢明さと愚かさ。開かれ、しかし同時に冷たく閉じている合衆国。しょせんぼくにとって遠い国の話でしかないそれらのものごとを読者として追体験しある種の感慨・感動を得ることができるのは、ジョセフ伯父の味わう生きる喜びと悲しみをすべてひっくるめて描き出す、作者の筆の力なのだろう。
読者がこの小説に入り込むためのフックとなっているのは、父と伯父の声・息の異常だ。喉の腫瘍で声を失い、「ヴォイスボックス」の機械的な音声で話す伯父。肺線維症で呼吸困難の進む父。

父が病院を出たあとの一週間は、伯父さんは朝早く起きて、父と一緒に祈った。父の隣の部屋に寝ていて、私はときどき二人の声に起こされた。父の声は低く苦しそうな息づかいで、伯父さんのは大きくて機械的だったけれども、懸命に祈願をする声には同じように必死の思いがこもっていた。(164、165ページ)

ふたりの「父」の、さまざまに異なるふたつの声の重なり合い、そしてそれを聞き、書く娘。アメリカに移住した父と、あくまでハイチで生きようとする伯父。アイデンティティや確かな生の実感と同時に、暴力と収奪をももたらす故郷ハイチ。腫瘍を取り除いてヴォイスボックスを与え、つまり「生」を与えつつ、同時に拒絶し殺す合衆国。これはそんな小説だ。